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小説・詩・他いろいろを載せて行きたいと思います。
旧サイト(http://kleinewelt.nobody.jp/)の作品も順次こちらに移動させていきます。
ブログでリハビリしながら、またサイトを作っていきたいなあと、のんびり思っている次第です。
それでは、よろしくお願いします。
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愁い髪 〈君と7題〉
<愁い髪>
雨に濡れているというだけで、どうしてこうも切なく感じてしまうのだろう。 「雨が降っていますね」 背後からの声に、私は頷くだけ。窓の外は、灰色に染まっている。昨日から降り続く雨は、一向に止む気配を見せない。 「雨、止みませんね」 口が減らないのがコハクの悪い癖だ。きっと口から生まれてきたに違いない。絶対にそうだ。 「こうも雨が続くと、気が滅入っちゃいますねえ」 テーブルに物を置く音。がさがさと、紙袋の音がする。 「おかげで通りやお店は全く混んでませんでしたけど」 時折り、窓の下の通りを、傘が過ぎていく。海を浮遊するくらげみたい。見たことはないけれど。 「明日も雨だったら、洗濯物が溜まっちゃいますねえ」 視線を前に転じると、取り込み忘れたタオルが、寂しく垂れていた。 「ああ、新作のチョコレートが入荷してましたよ」 振り向くと、にんまりと笑うコハクと目が合った。反応してしまった自分に、軽く嫌悪。してやったりといったコハクのこの表情が、なによりも腹が立つ。 が、すぐにその感情は鎮火した。傘を差して出掛けたはずのコハクの全身が、びしょ濡れで、まるで濡れ鼠。 「お前、傘はどうした」 「話せば長くなるんですが」 のんびりと話し出すコハクを無視して、バスルームに飛び込む。バスタオルを手にして戻ると、コハクはやっぱりびしょ濡れのコートを脱いで、コート掛けに掛けていた。下の服は被害を免れていたが、外に出ていたところは濡れそぼっている。 「ああ、危ないですよ」 タオルをかぶせようとした私の手をやんわりと押しとどめる。そして、私に水滴が当たらないように慎重に、タオルを受け取り、拭きだした。少し離れるようにと言いながら。 「で、傘はどうした。持って出ただろう?」 「はい。持って出たんですが……」 「買い与えたのは私だ。話せ」 「話しますよ、ちゃんと……子どもがね」 木の床に、点々と水滴が落ちている。 「子どもがですね、濡れたまんまで歩いてたんですよ。それで、もう帰りだしって」 「傘を与えたのか?」 「貸したんですよ」 戻ってくるはずがない。 「で、自分は濡れ鼠になって帰ってきたのか?」 「まあ、そうなりますねえ」 溜め息を大きく吐く。 「傘くらい買える金は、与えているはずだが?」 「や、そうなんですけど。もう近いから、まあいっかって」 タオルから顔を出して、にんまりと笑う。自分は絶対に叱られないと確信している顔だ。腹が立つ。 「すぐに熱いシャワーを浴びるんだ。風邪を引くぞ」 「引きゃしませんよ。丈夫ですから」 私はそれを無視して、キッチンに入った。やかんに水を満たし、コンロにかける。確か生姜があったはずだから、ジンジャー・ティーでも淹れてやろうと思ったのだ。 「あの時だって、僕は風邪ひとつ引かなかった。大変だったのはあなたの方でしょう?」 リビングから、声が届く。確かにそうだが、だからと言って今回もそうだとは限らない。人は、人自身が思っている以上に弱くて脆い。 「おいしい。あったまります」 シャワーを浴びて、湯気を立てながら、コハクがソファーに座っている。私は、その側の椅子に腰掛けていた。お互いの手にはジンジャー・ティーが注がれたマグカップがある。 「今度からは、無茶をするな」 言っても無駄だと思いつつ、言わないよりはマシだと思って言う。はい、と笑うコハクは、やっぱり懲りていないという表情をしている。まあいい。いつものことだ。 「帰り道、思い出してました」 窓の外では、まだ雨が降り続いている。ざあざあと、音がうるさい。 「あなたに拾われた日のことを。感謝しています」 「私は後悔している」 その日も、こんな風に雨が降り続いていた。 「拾うなら、犬を拾った方がまだマシだ。従順だし、大人しいし」 「僕だって、自分で言うのもなんですが、従順だし、大人しいですよ?」 心外だといった風で言うが、説得力がない。 「あの時は本当にびっくりしましたよ。濡れ鼠の、ぼっろぼろの自分を拾う人がいるってことでもびっくりでしたけど、子どもだったとはいえ、ほそっこい体の人が僕を軽々と担いだことにも、水滴が当たる場所からぷすぷす白い煙を出してることにも、部屋に着いてからは僕よりもよっぽど瀕死になってたことにも、それはもう、驚きました」 確かにあの時はひどかった。しばらく食事をしていなかった上に、雨の中、傘を差しているとは言えどうしても雨が当たったからだ。それ以上に、背負ったコハクからも水滴が落ちてくるのには困った。結果的に、背中一面に大火傷を負ってしまった。回復するのにどれだけ時間がかかっただろうか。 「さっさと僕から食事をとればいいものを、それを意固地に断るし」 「助けた者に助けられるほど、落ちぶれてはいない」 「あの時は、あなたの方がよっぽど重症でした。まったく、吸血鬼というのは誰しもそんな風に変にプライドが高いんですか?」 私は黙って紅茶を飲んだ。少し生姜を入れすぎたかもしれない。 「そんなことを、思い出してたんです」 言葉が途切れる。 ざあざあと、雨がうるさい。 「……濡れそぼったまま、歩いている子どもを見たら、なんか、自分を思い出したんです」 コハクが、いつもよりもちょっと暗い声を出す。 「傘が一本、あるだけでよかったんですよ。傘があるだけで、雨に濡れなくて済む。それだけで、幾分もマシな気分になれる。あなたに拾われたことは、本当に、嬉しかった」 顔を向けた。拭きが甘かったのだろう。金髪の髪の毛の一筋から、ぽとり、と水滴が落ちた。 「僕は同じことを与えられないから。せめて、傘だけはって思ったんです」 そう言って、最後に、勝手にごめんなさい、と言った。 私は盛大に溜め息を吐いて、頭をかき、紅茶を飲み干した。 「あの傘は、私がお前に買い与えたものだ」 「はい」 「その傘を、所有者のお前がどうしようと、私には関係ない」 「……はい」 「明日、新しい傘を買ってこい」 「はい」 声が跳ねる。ちょっとむっとするが、まあ、仕方ない。コハクは、複雑で単純で、だから、扱いが難しい。 「……頭をちゃんと拭け。まだ濡れてるぞ」 ポットから、新しい紅茶を注ぐ。コハクはカップをサイドテーブルに置いて、タオルで乱暴に頭を撫で回す。 濡れそぼった子どもは、泣いてなんかいなかっただろうし、傘を貰おうとも考えてなかったはずだ。 濡れそぼった子どもは、泣いてなんかいなかっただろうし、拾ってもらおうだなんて考えていなかったはずだ。 勝手に判断して、衝動的に傘を与えたのも、拾ったのも、こっちの都合だ。 子どもが、それで色々と、ぐじぐじと考える必要はない。 雨はまだ止まない。 無造作に伸びた髪から滴り落ちる水滴を見て、勝手に泣いていると思ったのは、私の身勝手な想像だ。 〈了〉 PR コメントを投稿する
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