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小説・詩・他いろいろを載せて行きたいと思います。 旧サイト(http://kleinewelt.nobody.jp/)の作品も順次こちらに移動させていきます。 ブログでリハビリしながら、またサイトを作っていきたいなあと、のんびり思っている次第です。 それでは、よろしくお願いします。
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双子 ~only child~
二年か三年くらい前の作品

こういうお話は結構好きです。
双子 ~only child~

 智は、背に始業のベルを聞きながら、一人、人目のつかない校舎裏へと歩いていた。その両耳にはイヤホンがついており、何処か物悲しい曲が流れている。
 この学校の敷地は無駄に広いと智は思っていた。校舎、特別棟、体育館、武道館、弓道場、文化棟、図書館、美術棟、そして寮。それ以外に池と小さな森があり、大小さまざまな広場や公園もある。その無駄さ加減が良いとも思っていた。無駄に広いお蔭で、人が来ない場所がある。転入してきて一ヶ月。やっと見つけたその場所に、智は向かっていた。
 ずっと自分の世話をしてくれていた祖母が亡くなって半年。それぞれの我慢の限界が爆発して二ヶ月。やっと見つけてここに転入してからの一ヶ月。あまりにも色々なことがありすぎだ。新しい場所、新しい人間関係、新しい生活。既に疲れはピークに達しつつある。だから、たまには授業をサボったっていいだろう。
 自分で自分に理由をつけて、行き着いた場所は広場。多分、木の手入れ等をしていて偶然出来たものだろう。敷地内の地図にも載っていない。だから気に入っている場所。
 隅に鎮座する岩の上に腰掛けて、智は持ってきた文庫本を開いた。
 イヤホンからの音、さわさわと風に揺れる葉がこすれる音……
「先客発見!」
 イヤホンを貫いて、声が鼓膜を刺激した。現実に引き戻され、智は顔を上げる。自分と同い年位の少女が二人、こちらを見ていた。一人は長めのショートカット、白いパーカーにイージーパンツを身に着けている。もう一人は少し長めの髪を左右で括っていて、黒いシャツに綿パンツを身に着けている。
「わー、ちょっとショック。こんな外れ、誰も知らないと思ってたのに」
 短いほうが言う。その声をよくよく聞いて、智は自分が受けた印象が、おおいに間違っていたことに気付いた。
「男……?」
 言われたほうは、きょとんとして、次の瞬間爆笑。どう反応していいか分からない智に、もう片方が言った。
「かおるは笑い上戸だから。大丈夫、もう少ししたら止まるよ」
 かおるというのが彼女――いや、彼の名前なのだろう。
「私はしずる。君は?」
「……智」
「読書? 何の本読んでるの?」
 しずると名乗った彼女は、見た目通りの少女らしい。その事実に智は内心ほっとした。これでこちらまで男だったら、自分の認知力に自信を失くしてしまう。しかし、それも無理もない、と、智は同時に思った。今、ようやっと笑いの発作を治めつつあるかおるの顔は驚くくらいに整っていた。中性的なと言うのだろうか、人を惹きつけてやまない力があった。それはしずるのほうも同様で、二人が並んで立つと、まるで天使が自分を迎えに来たような錯覚に陥る。そう思って、ようやっと智は気付いた。
「……パートナー? もしかして」
 言われた二人は、顔を見合わせ、そしてまた智の方を見、にっこり微笑み同時に言った。
「「そう、パートーナー同士だよ」」
 やっぱり、天使に見える。智は思った。自分なんかを迎えに来る天使なんているわけがない、と思っているのに。

 通称二人っ子政策が施行されて数年、一人産むよりも補助が充実しているために、年々双子を生む割合は多くなっている。そして結果的に、マイノリティからマジョリティへと立場を変えた双子は、徐々に珍しいものではなくなっていった。しかしそれでも、人々の認識は、双子は普通のきょうだいではない、から離れはしなかった。そしていつの間にか、双子同士のこと、あるいはその片方のことをこう呼ぶようになっていった。
 パートナー
 それは同じに日に生まれたから、それは同じ日々を過ごすから、人生で最初のパートナー。

「ふーん、智か。いい名前だね」
 かおるは言って、にっこり微笑んだ。男だと分かっているのに、人間だと分かっているのに、惹かれてしまう笑顔である。こんな笑顔で頼まれごとでもされたら、きっとどんなことでもしてあげると頷いてしまうんだろうなあ、と思ってしまって、思ってしまった自分に溜め息を吐く。
 今、どうしてそうなったのかは分からないが、智はこの双子に挟まれるように座っていた。イヤホンは何故かしずるの耳に収まり、文庫本も、その細い手にページを繰られている。本当にどうしてそうなったのか分からないので、考えることを諦めて、目の前にあるかおるの笑顔について考えてしまっていたりするのだ。
「しずるは本が大好きなんだ。寮の部屋なんて本で埋まってて、すごいことになってるよ。その重みで床が抜けるんじゃないかって心配されて、一階の部屋に移されたって逸話の持ち主だからね」
 かおるはにこにこ笑っている。
 この学校は全寮制だ。で、パートーナー同士はほとんどが同室となっている。ほとんどと言うのは、最近めっきり減ってしまったのだが、異性同士の双子がいるからだ。そういう場合は、一つの建物の半分を女子が、半分を男子が使うという形になった特殊な寮に入ることになっている。その境界の壁はない。自由な行き来が可能になっている。また、パートナーと離れて進学してきた者も、この寮に自分の部屋を持つことになる。ただし、そういう例は少ない。しかし、もっと少ない例もある。
「……もしかして、君が先日、シングルに越してきた子かい?」
 唐突に文庫から目を上げて、しずるが智に訊いた。
「おお、そうだ。皆が騒いでた、シングルが越してきたって」
 言われた智が一言も発する前に、かおるが今度は口を開く。
 ――シングル。それは双子でないことを示す言葉。政府の政策により、双子が当たり前になって既に三十何年。一人っ子と言う言葉は滅びつつある。が、決して消えることはない。何故なら、どんな子供であれ、ずっと生き続ける訳ではないからだ。医療技術が進んだ昨今では減っているとはいえ、未だ乳幼児の突然死は少なくなく、大きくなってからも、色々な理由で亡くなる子は多い。そういうことがあって、独りで生きることに望まずなった子供達は確かにいる。そういう子を人々はいつのまにか、シングル、と呼ぶようになった。
 一人っ子、昔はそれが当たり前だったと言うのに、今ではそれが珍しいものとなっている。そしてシングルは、特に若年の子供達の中で珍しがられ、注目を集める。
 それでもまだ、一度双子であった者はまだいいと言えた。好奇心からシングルになった理由に触れた瞬間、周りの子供は相手を別の視点で見るようになる。自分のパートナーを失った不幸な者から、その悲しみを乗り越えた素晴らしい者と、その認識はどんどん変わっていくのだから。最悪なのは生まれる前に双子でなくなった者。――生まれる前から一人っ子だった場合は、別の意味で注目を集めるが、それは別にオンリーワンと呼ばれ、シングルとは区別される。一人っ子は補助が少ないので、そういう者は裕福な家の出に多いのだ。――生まれる前に双子でなくなった者は、パートナー達から侮蔑の表情を向けられる。それは、自分のパートナーを見捨てた、あるいは見捨てられた者として見られるからだ。だから、多くのシングルは、自分のパートナーは、生まれてすぐに死んでしまったと嘘を言う。自分を守るために。新しい政策が生み出した、新しい差別。

「ふ~ん、シングルか」
 かおるは智の顔をじろじろ見ながら呟く。この短時間の間で、智はこの少年が、裏表のない表現をするのを感じていた。思ったことを素直に言う。悪意などを含めずに。だから、何故かいつも感じるあの嫌な感じがなかった。
「どうしてこんな所に来たの? 全寮制なんて、どこ見ても、同じ顔が二つある所だよ」
「どこだって良かったんだ。家から出れたら」
 足を抱いて、丸まる。昔から、自分の心の内に深く沈む時、いつもこうする。思い出しているのかもしれない、母の胎内にいた時、まだ、自分が双子だった頃を。
 智の両親が結婚した時、既に二人っ子政策は施行されていた。だから、二人は補助を多く貰える双子を生むことにした。そして望み通り母親は双子を妊娠し、幸せな日々を過ごしていた。――あの日までは。
 結局、母親は片方を流産し、そのまま入院。彼女の意識がない時に、智は生まれた。
「俺が一人で生まれてきたから、補助は受けられなかったし。流産した所為で、母さんはもう子供が産めない身体になっちゃったし。俺のことは愛してくれてるみたいだけど、同時に自分から子供と、子供を産む力を奪った元凶とも思ってるみたいで。複雑な心境で、それで混乱してて……俺は悪魔なんだそうだ」
 笑う。もう笑うしかない。そんな心境だった。そんな母親の気持ちも分かってしまうのだ。だから、いまいち母親を憎めない。気持ちが、自分に向いてしまう。

 退院したばかりの頃はまだ良かった。智の世話をすることで、もう一人を失った悲しみから母親は逃げることが出来た。双子は元々弱い。それも流産しかかった状態で生まれた智は、それに輪をかけ弱かった。だから智は手がかかった。だから他のことを考えなくて済んだ。その時が智にとって最も幸せな時期だった。しかし、全てには終わりが存在する。智が成長して、丈夫になって、ある程度手がかからなくなった時が、その幸せの最後の時だった。
 母親は、智が何か行動するたびに、その後ろにもう一人の影を見るようになった。はじめそれを母親は気の所為だと思ったらしい。一人子供を流産してしまって、まだ心の整理がされていないのだと思ったそうだ。流産してしまったことは不幸な事故だと思えばいい。医療技術の進んだ今でなお、そういうことはないことではない、そう彼女はカウンセラーから聞いていたみたいだ。入院中から、彼女はカウンセリングを継続して受けていた。そのかいあってか、こういう場合に最も心配される、残った子供に対する虐待は起こっていなかった。
 しかし、それも長くは続かない。
 もう大丈夫だろう。智の父親で、母親の夫である男は、幼児を寝かしつける母親の姿を見てそう勝手に判断したらしい。夕食を持ってきた妻に、夫は座るように言った。首を傾げるが、それでも座った妻に、夫は今まで黙っていた真実を告げた。
 もう、君には子供は産めない。
 その一言が、智の悪夢の始まりであった。

「結局、俺はばあさんのところに預けられた。母さんの側で育ったら、きっと今まで生きていなかったと思うから」
「じゃあ、どうして今、ここにいるの?」
「ばあさんが死んだんだ。だから。ほんとは家で暮らすことになってたんだけど、母さんの精神状態が不安定になって。だから、ここに来た」
 その狂い方に、智は怒りなんか浮かんでこなかった。ヒステリーを起こして物を投げてくる、暴言を吐く、お前の所為だと罵られる。もっと幼かったら傷ついていただろうそれらの行動は、大きくなった自分には哀れにうつった。刷り込みかも知れない。智を引き取った祖母は、ずっと、ずっと、次第に狂っていく母親を許してくれ、と、幼い智に懇願した。自分の娘を許してくれと。だから憎しみや恨みといった負の感情を、智は感じずに済んでいた。ただ、哀しみだけが、降り積もる雪のように、心の中に積もっていった。
「あはは、僕らと一緒」
 かおるが、そこまで聞いて笑った。けらけらと。
「私達も体よくここに追い払われた口だから」
 しずるが言葉を継いだ。
「異性のパートナーだから?」
 智が訊いた。昔のような、時代錯誤な認識は潰えた筈なのだが、どこにでも化石は生きている。
「生まれたから」
 にっこり微笑んで、かおるとしずるは同時に訂正した。
 生まれたから疎まれる。生まれたから追い払われる。そんなことってあるのだろうか。
 智は、確かに母親から色々された。しかし、いつもそれらが終わると、彼女は自分を抱きしめて謝るのだ。涙を流して。それは、その生までは否定されていない証。それなのに、
「大人なんだから、避妊ぐらいすればいいのにね。だからこんなややこしいことが起こるのさ」
 かおるは笑って言う。
「でもまあ、こうやって生まれたからには、何が何でも生き続けるつもりだけどね」
 しずるが淡々と言った。
「……辛くないのか?」
 思わず訊いた智に、二人はやはり微笑んで、声を合わせて言った。
「辛いに決まってる」
「存在の、その出発点が否定されてるんだ、辛いよ。でも、辛い辛いって言ってたら、誰かが同情して、手を差し伸べてくれるの?」
「答えはノーだ。だったらどうするか。周りが私達を疎ましく思うのなら、せめて私達だけは、自分達を愛してあげる」
「今ここで死んだら、あいつらは喜ぶだけだ。そうならずっと生き続けてやる」
「どんなに辛くても、苦しくても。生きていれば、それだけで、奴らが苦しむから」
「生きること、それが僕達の復讐なんだ」
 にっこり微笑む。似た顔で。
 双子だから、それは出来るのだろうか。
 双子だから、乗り越えられるのだろうか。
 双子だから、そんな強さを持てるのだろうか。
 そう思うと、二人がすごく羨ましくて、自分がすごく、憎かった。
「――っぷ、あはははは! もうだめ、我慢できない!」
 いきなり叫んで、かおるが倒れて、お腹を抱えて笑い出す。いきなりの展開に、智は目を丸くする。
「だめだろ、かおる。最後まで貫かないと」
 言うしずるも笑っている。
「ど、どういうことだよ!」
 からかわれている気がして、智は真っ赤になって叫んだ。
「自分でも分かってるだろ。まさか、本気で信じるなんて」
 涙を浮かべて言うかおる。
 本当にからかわれていたらしい。
「そう憮然としないで。半分は本当のことなんだから」
 しずるが言う。しかし、くすくす笑われながらでは説得力がない。
「実際、ずっと私達はそうやって生きてきたんだ。でも、ふと気がついた。そんな生き方こそが、私達があいつらに縛られている結果なんじゃないかって。そして、そんなことは絶対に嫌だった。縛られるのは、自分達だけで充分だ。だから、自分の為だけに生きることにした。そうしたら肩の荷が取れたみたいですっきりしたよ」
「だからさあ、君もさっさとそれをおろしちゃいなよ。もう一人の影をさ」
 地面に寝転んだまま、上目遣いでかおるが言った。言われて、智は自分の肩を見る。そこには、自分と同じ顔が居た。暗い表情をした同じ顔。自分の影。
「双子って、ただ一緒に生まれただけのきょうだいだよ。一卵性なら遺伝子は同じだけど、たったそれだけだ。生き方を縛られてしまうのは勿体無い」
「もう一人の自分じゃない。赤の他人だよ、結局は。――血はつながってるけど」
 自分は、縛られているのだろう。他の双子よりも、ずっと縛られているのだろう。でも、
「俺はこのままでいい」
「縛られたままで?」
「結局は、これは自分のことだ。だったら縛られたままでいい。今あんた達に言われてそれを止めるのは、結局はあんた達に縛られたことだろう。だから今はいい。まだ縛られたままで行く。そしたらいつか、別の方法を自分で勝手に見つけるさ」
 肩の影はまだ自分を恨めしそうに見ている。でも、それは結局、自分の幻覚だ。母親の幻覚に付き合ってきたから見るようになった幻覚。でも、それでいいと智は思う。一人ではない、その認識が、今まで彼を生かしてきた。自分が独りであるのを認めるのは、それは、辛いことだ。
「智、僕の部屋においでよ」
 かおるが智に顔を近づけて言った。至近距離に、天使の顔がある。
「今幸運にも僕は二人部屋に一人暮らしだ。君は?」
「同じ」
「じゃあ決まりだ。寮母のロリポリに話をしよう。こういうことは早いほうがいい」
「勝手に決めていいのか?」
「ジシュセイがソンチョウされているんだよ。問題は少ないほうがいい。気のあった者同士で同室になる。ここではいつものことさ。シングルは問題の抱えている子が多いし、異性同士の双子は、他人を排除しやすい。こっちから申し出たら、ロリポリは涙を流して喜ぶよ」
 かおるが立ち上がり、智の手を取る。しずるもイヤホンを外して、文庫本を閉じた。
「さあ、行こう」
 智は立ち上がり、言った。
「ロリポリって、何?」
「roly‐poly。《略式》ほめて、丸々太った子供、ずんぐりした人、あるいは動物。米国では、起き上がりこぼし」
「そんなイメージない? まあ、あの人は転んでも反動で起き上がったりしないけど」
 言われて智は寮母の姿を思い浮かべた。
 確かに、その言葉は合っていた。
 だから笑った。
 久し振りに笑った。
 笑ったらむせた。

【終】
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